読書感想文 雪国

 ツイッターでもレビュー投稿サイトでも字数が足りなかったのでここに書くことにしました。

  Kindleのunlimitedに加入したので、電子書籍に慣れていこうと川端康成の雪国を読みました。これはunlimited対象外ですけども。雪国そのものはそろそろ著作権切れて青空文庫に収録されてるのでは?って思ったらまだだったっぽい。もともと著者の没後50年で著作権が切れるはずが、2018年の法改正で著作権保護期間が延長されて没後70年に延びたらしい。そういえばそんな騒ぎあったあった。もうちょっとで青空文庫に収録されるはずだったのに!とか文化的損失だ!とか。

 川端康成作品の著作権が切れるのは2023年の予定だったのが20年延びて2043年ってことかな。騒がれてた時はまあ時が経てば読めるようになるんでしょ?って思ってたけれどやっぱり20年っておっきいね。ということで、読むならば青空文庫入りを待つのは相当気長な話になるかと思います。購入したのは角川文庫版。

雪国 (角川文庫)

雪国 (角川文庫)

 

 やっぱり読むなら紙媒体だよね派閥の民だけれども、荷物にならないってのはちょっと魅力的かもしれない。集中できないかなって思ったけど案外読めた。

  普段読むメインジャンルは現代ミステリー、ホラー、次いで時代モノ(ざっくり江戸中期のうららかな時代)、あとはSFとファンタジーを少々といった具合で、こういった文豪の作品っていうのはあんまり読んだことがないです。名前とかタイトルとか有名な一節とかはなんとなーく知っているかなあ?ってレベル。お固い文章を読むのは気合がいるってことは分かりきっているので、そんなにそんなに手を出してこなかったけれども、読んでみれば案外すんなりいけるものはいけるってことにここ数年で気づきました。

 この雪国も冒頭の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」ってところしか知らなかった。なので読んでみました。以後ネタバレを含むのでご注意ください。

 

 

 ストーリーは調べればたくさん出てくるので割愛。主人公の島村という男と芸者の駒子、駒子の許嫁(?)の行男と、行男の恋人の葉子の4人が主要な登場人物。でも主に描かれているのは島村と駒子のやりとりなのでほとんどこの2人がメイン、行男に至っては一言も喋らない。お話としての起伏は大きくなく、静かにゆっくりと進んでいくので人によっては退屈に感じるかも知れない、けれど不思議と冗長にならずにきれいにまとまっているのはさすがに名作と呼ばれるだけあるなあと思いました。

 ラストは火事で崩れる建物から葉子も落ちてきてそこに駆け寄る駒子、それを見る島村、そんな場面でぶつ切りになる。葉子は死んだのか、始終葉子に対して冷たい態度を通してきた駒子がなぜそんな行動をしたのか、その後の2人(島村も含めると3人)はどうなる?いろいろな疑問が宙ぶらりんに放り投げられて「ハイ、おしまい」なのでええええ?となって解説サイトを探しに行きました。こういう幕引きの仕方は当時の流行りらしいです。きれいでしょ?後は読み手のみなさんに任せるね!みたいなことするのずるぅい。印象にはとてもとても残るが。ものすごく引きずってまうがな。

 

 解説サイトでは主に駒子について書かれているところが多かったけれど、私がいちばん気になったのは葉子の方です。島村目線で透明で、清潔で、なんて語られている駒子よりもよっぽどまっさらに思えてならない。まっさらでひたむきでからっぽで無機質。冒頭で身の内に灯をともした彼女がラストで火に還るなんて美しいじゃないの。葉子が死んだ説と生きている説のどちらもあるっぽいけど私は死んだ説を推します。彼女は行男を生かすために生きていて、行男が死ぬのと同時に心が死んでしまった。後は抜け殻のように惰性で生きているだけで、火事によって肉体も正しく死んだ。そう思えてならないです。

 葉子は蚕の繭。繭に守られているのは行男。養蚕において糸を得るために繭のまま煮沸するので中の虫は死ぬ。元々病が治る見込みがなくて死ぬために村に帰ってきたのだから行男の死は必然だったけれど、そう思うと村全体が蚕を育てるための箱と見ることができるのかな。守るべき中の虫を失った葉子は正真正銘からっぽの状態。ふらふらと幽霊みたいに行男の墓に行くくらいしかすることがない。ラストで燃える繭倉にいたのも、だって繭だものって思っちゃう。

 

 繭の葉子に対して駒子はカイコガ。虫本体の方。最初に駒子が住んでいた部屋がかつて蚕を育てていた部屋だって言ってたし、まあそういうことだよなって思いました。

 しばしば少女から大人への成長を蝶に例えられることがあるけれど駒子は蛾。どのタイミングが駒子の切り替わりと見るかは難しいなと思うけれど、少なくとも島村が最初に会ったときの駒子は幼虫で、ラストの葉子を抱きかかえたときの駒子は成虫だと思います。いつか自由に羽ばたける幸せで美しい未来を願って羽化したところで彼女は蛾。広くもてはやされる蝶にはなれない。さらに完全に人間の都合の良いように改良されたカイコガは、物を食べることができない。飛ぶこともできない。唯一できるのは飢えて死ぬまでの僅かな期間に子孫を残すことだけ。島村を愛したところで妻子ある島村にはその気が無い。きっと東京に連れて行ってもらうことすら叶わない。ただひとりあの村で静かに死ぬだけなのである。

 きっと駒子は葉子がちょっと羨ましかった。そして妬ましかった。でも同じ大きさの感情を葉子は返してくれなかった。だって葉子は行男のためにしか生きてなかったから。持ち得る要素は鏡写しであるかのようなのに、島村も2人に共通項を見出しているのに葉子は駒子を見ない。駒子は葉子を見る。似ているのにどこまでも決定的に違う。

 

 この作品について調べたときにジャンルが恋愛小説になってて恋愛小説?恋愛?ああー、分類するならそうなる、のか?といまいちピンとこなかったのはひょっとすると私が葉子のことを気になりすぎているからかもしれない。島村と駒子のことを指して恋愛モノだと謳っているのだろうけれど、私にはむしろ駒子と葉子の一切交じり合わない百……いやそういうのはやめておこう。まあそんな感じでうにょうにょと考えさせられる作品でした。